« ハノーファーCEBITへGO! ~液体手荷物であたふた~ | トップページ | ブレーメンに来ました »

2007-03-17

名護・美ら海水族館

21620005 Hasselblad 503CX Distagon50mm/F4

6X6を選んだもう1つの理由は、前田真三氏の影響である。
すでに故人である前田氏は1970年代にハッセルを使った風景写真家として高い評価を確立された方だ。
ところが・・・私はこのことを知ったの ついぞ最近のこと、ハッセル購入後のことだった。(笑)

前田氏が写真家であることは子供の頃から知ってはいた。
当時SONY FAMILY CLUB というソニーの通販会社から、いまでいう通販カタログがセットになったコンセプト誌のようなものが送られてきていて、あるときの脱サラ特集を見たからだ。
1970年代に「脱サラ」という言葉時代珍しかったようで、いろんな分野で「脱サラ」した人たちの事が載っていた。
印象に残っているのはコメディアンの小松政夫氏、プロゴルファーの天野勝氏(残念ながら昨年お亡くなりになりましたが)、そしてこの写真家・前田真三氏だ。
前田氏は大きな机の上で手を組んで座っておられる写真だったと記憶している。
商社をささいなきっかけ(?)でおやめになり、写真家として独り立ちしたというような記事だったと思うが、厳しいまなざしの氏のお姿から、まだ見たこともないサラリーマン世界の厳しさを子供ながらに想像したものだった。
だから写真家=前田氏というイメージはずっと残っていた。でも機材のことは意外と頭になかった。

大人になってから、京セラ・CONTAXを使うようになり、自然とツアイスレンズのお世話になった。
これもたまたまだが、野村総研のトップコンサルであるリチャード・クー氏が意外にもツアイス信者ということを興味を持って季刊クラシックカメラの古本を買いそろえるようになった。
あるとき同誌をぱらぱらめくっていると、なんと前田真三氏が載っていることを発見。
かつての厳しい面持ちはなく、穏和なおじさんとして写っていて、手元にはハッセルがあった。
それで始めて ハッセルなる機材が世の中にあることを知った。
ただ手元のCONTAXを売ってまで買う気はなかった。実はハッセルとCONTAXは同じフォーマットだと思っていたからだ。(爆)

|

« ハノーファーCEBITへGO! ~液体手荷物であたふた~ | トップページ | ブレーメンに来ました »

@Kunst(芸術)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/518798/10542567

この記事へのトラックバック一覧です: 名護・美ら海水族館:

« ハノーファーCEBITへGO! ~液体手荷物であたふた~ | トップページ | ブレーメンに来ました »